京都地方裁判所 平成9年(ワ)2104号 判決 1999年4月15日
原告 京都中央信用金庫
右代表者代表理事 A
右訴訟代理人弁護士 井上博隆
右同 長野浩三
被告 株式会社Y1
被告 亡B相続財産
右両名特別代理人弁護士 藤井正大
被告 株式会社Y2京都駅前店
右代表者代表取締役 Y3
被告 Y3
右両名訴訟代理人弁護士 植松繁一
右同 鈴木治一
主文
一 被告株式会社Y1及び同亡B相続財産は、原告に対し、各自二〇〇〇万円及びこれに対する平成八年八月二一日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。
二 被告株式会社Y2京都駅前店は、原告に対し、一九五〇万三九一六円及びこれに対する平成八年八月二一日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。
三 原告の被告株式会社Y2京都駅前店に対するその余の請求及び被告Y3に対する請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、原告に生じた費用の四分の一と被告株式会社Y1に生じた費用の全部を同被告の負担とし、原告に生じた費用の四分の一と被告亡B相続財産に生じた費用の全部を同被告の負担とし、原告に生じた費用の八分の一と被告株式会社Y2京都駅前店に生じた費用の二分の一を同被告の負担とし、原告及び同被告に生じたその余の各費用と被告Y3に生じた費用の全部を原告の負担とする。
五 この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
一 請求
1 被告株式会社Y1、同亡B相続財産及び同株式会社Y2京都駅前店(以下それぞれ「被告債務会社」「被告相続財産」「被告京都駅店」という。)は、原告に対し、各自二〇〇〇万円及びこれに対する平成八年八月二一日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告と被告京都駅店との間において、被告債務会社から被告京都駅店への平成七年八月一五日の別紙債権目録<省略>の各債権の譲渡、右同日の別紙動産目録<省略>の各動産の譲渡及び同月八日の別紙商標権目録1<省略>の商標権の譲渡をいずれも取り消す。
3(一) 原告と被告Y3(以下「被告Y3」という。)との間において、被告債務会社から被告Y3への平成七年七月一九日の別紙商標権目録2<省略>の番号(3)の商標権の譲渡及び同月一一日の同目録2<省略>の番号(6)の商標権の譲渡をいずれも取り消す。
(二) 原告と被告Y3との間において、B(平成一〇年八月九日死亡。以下「B」という。)から被告Y3への平成七年七月二五日の別紙商標権目録2<省略>の番号(1)、(4)及び(5)の各商標権の譲渡並びに同年九月六日の同目録2の番号(2)の商標権の譲渡をいずれも取り消す。
4 被告京都駅店は、原告に対し、別紙動産目録<省略>の各動産を引き渡せ。
5 被告京都駅店は、別紙通知一覧表<省略>のとおり、別紙債権目録<省略>の各債権につき、各第三債務者に対し、被告債務会社から被告京都駅店への債権譲渡が右2により詐害行為として取り消された旨の通知をせよ。
6 被告京都駅店は、別紙商標権目録1<省略>の商標権につき、別紙登録目録1<省略>の商標登録の抹消登録手続をせよ。
7 被告Y3は、別紙商標権目録2<省略>の番号(1)ないし(6)の各商標権につき、それぞれの番号に対応する別紙登録目録2<省略>の番号(1)ないし(6)の各商標登録の抹消登録手続をせよ。
8 訴訟費用は被告らの負担とする。
9 右1及び8につき仮執行宣言
二 事案の概要
本件は、原告が、(一) 被告債務会社には後記1(三)(1)の証書貸付金七億五〇〇〇万円の内二〇〇〇万円の返還を求め、被告相続財産には後記1(二)(2)に基づいて連帯保証債務の履行を求め、被告京都駅店には、法人格否認の法理に基づいて被告債務会社の右債務の履行を求めると共に、詐害行為取消権に基づいて債権等の譲渡の取消及び取戻を求め、更に、被告Y3には詐害行為取消権に基づいて商標権の譲渡の取消及び取戻を求めた事案である。
1 争いのない事実等(後記(三)(2)を除き、末尾に証拠を掲げた外は争いがない。)
(一)(1) 被告債務会社は、菓子製造及び飲食店業を主たる目的として昭和三九年二月二一日設立された株式会社である。
(2) Bは、被告債務会社の代表取締役であったが、平成一〇年八月九日死亡した。なお、その妻である被告Y3、長男C、長女D及び二女E(以下それぞれ「C」「D」「E」という。)は、いずれも相続放棄の申述をして受理されており、Bの相続人の存否が不明であるが、相続財産管理人は選任されていない。
(3) 被告京都駅店は、喫茶及び飲食店の経営、菓子の販売を主たる目的として昭和五五年九月八日設立された株式会社である。
(4) 被告Y3は、平成七年八月二一日、Bが被告京都駅店の代表取締役を辞任すると同時に、同被告の代表取締役に就任した。
(二)(1) 原告は、平成元年二月二八日、被告債務会社との間で、原告と被告債務会社との間の一切の取引に関して生じた債務につき、遅延損害金を年一四パーセント(年三六五日の日割計算)、被告債務会社が原告に対する債務の一つでも履行を遅滞したときは原告の請求によって期限の利益を失うものとすることなどを内容とする信用金庫取引約定を取り交わした。
(2) Bは、原告に対し、右同日、被告債務会社の原告に対する一切の債務について連帯保証した。
(三)(1) 原告は、平成五年八月二日、被告債務会社に対し、利息を年四・七五パーセント(但し、短期プライムレートに連動する長期貸出最優遇金利を基準金利として、基準金利の変更に伴って、引き下げ又は引き上げる。)とし、弁済方法を元利均等方式で、平成六年一月から平成三〇年七月まで毎月末日限り四三一万三七七〇円宛支払うものとし、七億五〇〇〇万円を貸し付けた(証書貸付)。
(2) 原告は、平成七年八月三一日、被告債務会社との間で、右債権の残元金七億二〇七一万〇七四二円につき、弁済方法を平成八年一月三一日限りの一括返済とする旨の約定をした(被告は、右約定を否認している。)。
(四) 原告は、平成五年一一月二六日、被告債務会社に対し、利息を年四・四五パーセントとし、弁済方法を元利均等方式で、平成六年一二月から平成二一年一一月まで毎月末日限り一九万〇六一〇円宛支払うものとし、二五〇〇万円を貸し付けた(証書貸付)。
(五)(1) 原告は、平成七年一二月二九日、被告債務会社に対し、当座貸越債権二四九五万九〇〇〇円を有していたが、これにつき、返済期日を平成八年五月三〇日とする手形貸付とした。
(2) 原告は、平成八年五月三〇日、被告債務会社との間で、右債権につき、返済期日を同月三一日、利息を年二・六二五パーセントとする旨の約定をした。
(六) 原告は、被告債務会社が平成八年一月三一日に右(三)の債権の残元金の返済を怠った外、同年五月三一日以降は右(四)及び(五)の分割金の支払をも怠ったため、同年八月二〇日到達の書面で、被告債務会社に対し、期限の利益を喪失させる旨の通知をした。
(七)(1) 原告の被告債務会社に対する債権額は、平成八年八月二三日時点で、右(三)が七億二〇七一万〇七四二円、右(四)が二三〇五万七四九九円、右(五)が二四九五万九〇〇〇円であった。また、他に、原告は、平成七年一〇月三一日、被告債務会社に四〇〇〇万円を貸し付けており(手形貸付)、その残額は、平成八年八月二三日時点で三九一〇万円であった。
(2) その後、右(三)の債権につき、原告が根抵当権に基づく物上代位による債権差押命令申立事件により、四五〇万円を被告京都駅店から取り立て、右金額を同債権に充当した外、別紙「京都駅店から債務会社名義の原告口座への振込と口座引落しによる債務充当関係」(以下「別紙充当関係」という。)<省略>のとおり、右(四)の債権につき、保証人Fから平成八年八月二六日原告に残額二三〇五万七四九九円が弁済された外、右(五)の債権に八〇〇万一一二二円、右(1)の手形貸付による債権に三九〇七万八六五七円が弁済充当された。
(3) 原告の被告債務会社に対する現在の債権額は、別紙充当関係<省略>のとおり、右(三)の証書貸付による債権が七億一六二一万〇七四二円、右(五)の手形貸付による債権が一六九五万七八七八円、右(1)の手形貸付による債権が二万一三四三円である。
(八)(1) 被告債務会社は、平成七年八月一五日、被告京都駅店に対し、別紙債権目録<省略>の各債権及び別紙動産目録<省略>の各動産(以下「本件債権・動産」という。)を含め、別紙明細表<省略>の営業用財産(但し、器具備品のうち「大丸ショーケース一台」二五八万一七五八円((消費税込))を除く。以下「本件営業用財産」という。)を代金六八二三万六一一六円(消費税込)で譲渡し、被告京都駅店は、これを譲り受けた(以下、次の(2)と併せて「本件財産譲渡」という。)。
なお、原告は、右代金が七〇八一万七八七四円であると主張するが、証拠(乙五〇ないし五六、八八の1ないし3、八九)及び弁論の全趣旨によると、本件営業用財産の器具備品のうち「髙島屋ショーケース一台」と「大丸ショーケース一台」につき、被告債務会社の所有であるのか、株式会社髙島屋京都店又は株式会社大丸京都店の所有であるのかが問題となり、最終的には前者は被告債務会社の所有であるが、後者は株式会社大丸京都店の所有であることが明らかとなったため、本件営業用財産の代金は右のとおり六八二三万六一一六円となったと認められるので、原告の右主張を採用することはできない。
(2) 被告債務会社は、同年九月八日、被告京都駅店に対し、別紙商標権目録1<省略>の商標権(以下「本件商標権1」という。)を代金二六万七八〇〇円(消費税込)で譲渡し、被告京都駅店は、これを譲り受け、別紙登録目録1<省略>の登録を経由した。
(3) 被告京都駅店は、平成七年九月一四日、臨時株主総会を開催し、資本の額六四〇〇万円のうち一六五〇万円を減少し、その資本減少の方法として、被告債務会社が保有していた被告京都駅店の株式三万三〇〇〇株を買い入れて償却すること(以下「本件有償減資」という。)とし、同年一〇月二四日、これを実行し、被告債務会社に一六五〇万円を支払うことになった(右株主総会の手続につき乙三一の1、2)。
(4) 被告債務会社と被告京都駅店は、平成八年四月三〇日、右(1)ないし(3)の合計八五〇〇万三九一六円(消費税込)(なお、原告は、八七五八万五六七四円であると主張するが、右(1)のとおりであるから、原告の右主張は採用できない。)の支払方法につき、平成八年五月から毎月末日限り一〇〇万円以上(但し、平成八年一〇月分のみ一五〇〇万円)宛支払うものとする旨の合意をした(右一五〇〇万円の支払につき乙五五)。
(九)(1) 被告債務会社は、被告Y3に対し、別紙商標権目録2<省略>の商標権(以下「本件商標権2」という。)のうち番号(3)及び(6)の各商標権をそれぞれ平成七年七月一九日に代金三七万〇八〇〇円、同月一一日に代金二四万七二〇〇円(いずれも消費税込)で譲渡し、被告Y3は、これを譲り受け、別紙登録目録2<省略>の(3)及び(6)の各登録を経由した(以下、次の(2)と併せて「本件商標権譲渡」という。)。
(2) Bは、被告Y3に対し、本件商標権2のうち番号(1)、(2)、(4)及び(5)の各商標権をそれぞれ平成七年七月二五日に代金七八万二八〇〇円、同年九月六日に三七万〇八〇〇円、同年七月二五日に四七万三八〇〇円、同日に三七万〇八〇〇円(いずれも消費税込)で譲渡し、被告Y3は、これを譲り受け、別紙登録目録2<省略>の(1)、(2)、(4)及び(5)の各登録を経由した。
(一〇)(1) 被告債務会社及び被告京都駅店は、本件財産譲渡の際、被告債務会社が他に資産を有しないこと(無資力であること)を知っていた。
(2) 被告債務会社、B及び被告Y3は、本件商標権譲渡の際、被告債務会社及びBが他に資産を有しないこと(無資力であること)を知っていた。
2 争点
(一) 法人格否認について
被告京都駅店は、被告債務会社の原告に対する債務につき、法人格否認の法理に基づいて連帯責任を負わなければならないのか。また、原告が被告京都駅店に対して法人格否認の法理を主張することは、信義則上許されないのか。
(原告の主張)
(1) 法人格否認の法理の適用がある。
被告京都駅店は、被告債務会社の一販売店として設立され、その目的を「菓子の販売」等としていたが、本件財産譲渡の直後の平成七年九月一〇日に「菓子の製造及び販売」等と変更し、同月二八日その旨の登記を経由したため、菓子の製造販売を目的とする点で被告債務会社と同一となった外、従前から、実質的な事務を被告債務会社の事務所で行い、経理担当者が同一人であったし、本件財産譲渡の後は、被告債務会社の製造工場及び販売店舗をそのまま流用し、同一の商品及び商標を使用し、取引先を引き継ぎ、被告債務会社の従業員をそのまま使用しており、被告債務会社との間で財産関係及び業務内容を混同している上、取締役及び株主の構成においても被告債務会社と極めて密接な関係にある。しかも、被告京都駅店は、本件財産譲渡の際、被告債務会社が無資力であり、右譲渡が一般債権者を害することを知っていたこと、被告債務会社の月々の支払は約四五〇万円に上っていたが、被告京都駅店は、右譲渡の代金を毎月一〇〇万円宛支払うだけで、被告債務会社と同様の営業を続けていること、その反面、原告は、被告債務会社が営業を廃止したため、その営業利益から債権を回収できなくなったことなどをも考慮すると、被告債務会社と被告京都駅店が通謀し、被告債務会社の原告に対する債務の支払を免れるため、意図的に会社制度を濫用し、右譲渡を行って被告京都駅店に営業を継続させたのであるから、法人格否認の法理により、被告京都駅店は、原告に対して独自の法人格を主張できず、被告債務会社の原告に対する債務について連帯して支払う義務を負うというべきである。
(2) 原告が被告京都駅店の法人格を否認したとしても、何ら信義則に反するものではない。
元来、法人格否認の法理は、特定の事案限りにおいて、会社の法人格の独立性を否定して事案の公平な処理を図るものであり、しかも、原告が被告債務会社と被告京都駅店を別個に取り扱ったのは、本件財産譲渡の前であり、本件訴訟では、原告は、本件財産譲渡を主要な根拠として法人格の否認を主張しているのであるから、右主張は何ら信義則に反するものではない。
(被告京都駅店の主張)
(1) 法人格否認の法理の適用はない。
被告京都駅店は、被告債務会社とは全く別個の法人として活動していたものであり、被告債務会社から菓子を仕入れ、京都市内の独自の店舗で小売販売しており、被告債務会社との間では、取締役及び株主の構成が異なるし、資産、業務内容、経理関係等の混同はなく、従業員も、取引金融機関も異なっている。なお、従業員については、被告債務会社は、被告京都駅店に本件財産譲渡をして営業を廃止したので、会社都合で従業員二三名全員を解雇し、退職金及び解雇予告手当をすべて支払っており、一方、被告京都駅店は、右従業員のうち希望者を採用することとし、二二名から応募があったので、新規採用したものである。
また、被告債務会社は、累積赤字が四億四六〇〇万円強になり、営業利益で債務を支払うことができず、原告の過剰融資による貸付金の一か月四五〇万円の返済も不可能となった上、原告に融資を打ち切られ、近日中に経営が成り立たない状況となったので、倒産して所有財産が無価値となるのを避け、債権者に有利な会社の整理方法を模索し、その結果、被告京都駅店との間で本件財産譲渡をし、かつ、本件有償減資を行った。本件財産譲渡の価格は、一般市場で形成される交換価値以上の価格であった。更に、被告債務会社は、被告京都駅店から支払われる本件財産譲渡の代金及び本件有償減資における株式の買入代金を原告に対する弁済に充当している。
(2) 原告が被告京都駅店の法人格を否認することは、信義則に照らして許されない。
原告は、平成二年六月ころ、被告京都駅店が被告債務会社とは別個の法人であることを当然の前提として、その財務内容や営業内容を独自に審査した結果、被告京都駅店に六億五〇〇〇万円の融資を実行したことがあるので、今になって被告京都駅店の法人格を否認することは信義則に違反する。
(二) 詐害行為取消権について
本件財産譲渡及び本件商標権譲渡は、債権者を害する法律行為(詐害行為)に当たるか。被告債務会社、B、被告京都駅店及び被告Y3は、それぞれ本件財産譲渡及び本件商標権譲渡の際、債権者を害すべき事実(詐害の事実)を認識していたか。また、本件財産譲渡及び本件商標権譲渡の代金額は適正であり、被告債務会社が右代金を原告に対する弁済に充てたので、詐害行為取消権は発生しないといえるか。更に、原告が詐害行為取消権を行使することは、信義則上許されないのか。
(原告の主張)
(1) 一般に、債務超過の状態にある債務者が財産を売却した場合には原則として詐害行為となるところ、本件財産譲渡及び本件商標権譲渡は、債務超過の状態にある被告債務会社が行ったものであり、原則として詐害行為となるので、もし例外的に詐害行為取消権の発生を否定すべき事情があるとすれば、被告京都駅店及び被告Y3が主張し立証しなければならない。
(2) 本件財産譲渡及び本件商標権譲渡は、被告債務会社の責任財産を減少させるものであり、詐害行為に該当するし、被告債務会社及びBはもちろん、被告京都駅店及び被告Y3も債権者を害すべき事実(詐害の事実)を認識していたのであり、詐害行為取消権の発生を否定すべき事情はない。
被告京都駅店は、被告債務会社のほとんどの営業用財産を譲り受け、その代金も毎月一〇〇万円以上宛の長期分割払とした上、その代表取締役である被告Y3と共に、被告債務会社の主力商品に関する商標権も譲り受けており、これによって、それまで被告債務会社が負担していた債務を負担することなく、被告債務会社と同様の営業を継続しているが、その反面、被告債務会社は営業を行っておらず、原告は、その営業利益から債権を回収できない状態となったのである。また、本件財産譲渡の対象となった財産は、帳簿上も相当の価格で評価されているし、仮に個々の財産としては価値が小さいとしても、工場の機械設備一式や営業店舗等をほとんどそのまま引き継ぐものであり、菓子の製造販売、喫茶営業という営業全体としては資産価値が十分あるということができる。したがって、本件財産譲渡及び本件商標権譲渡によって被告債務会社の責任財産が減少しており、その際、被告債務会社及びBはもちろん、被告京都駅店及び被告Y3も詐害の事実を認識していたことが明らかである。
(3) 原告による詐害行為取消権の行使が信義則上許されないということはできない。なお、原告は、本件財産譲渡を承認したことはなく、本店の被告債務会社名義の普通預金口座に入金された預金につき、これと貸金とを対当額で相殺しているだけであり、被告京都駅店から直接支払を受け、これを弁済として任意に受領しているわけではない。
(被告京都駅店及び被告Y3の主張)
(1) 一般に、債務超過の状態にある債務者が財産を適正な価格で売却した場合には、原則として詐害行為とならないところ、本件財産譲渡及び本件商標権譲渡は、適正な価格で行われており、原則として詐害行為に当たらない。仮に本件財産譲渡及び本件商標権譲渡が詐害行為に当たるとしても、被告債務会社は、その代金を債権者である原告への弁済に充てたのであるから、詐害行為取消権は発生しない。
(2) 被告京都駅店及び被告Y3は、本件財産譲渡及び本件商標権譲渡の際、一般市場で形成される交換価値以上の対価を支払い、被告債務会社は、これを原告に対する債務の弁済に充てているので、責任財産の減少はなく、本件財産譲渡及び本件商標権譲渡は詐害行為に当たらず、詐害行為取消権は発生しない。
被告債務会社は、第三一期(平成六年九月三〇日)の決算では累積赤字が四億四六〇〇万円強となり、従業員の給料等の支払や、原告に対する一か月四五〇万円の返済ができず、しかも、原告が融資の打切を言明したため、近日中に会社経営が成り立たなくなることが明白となった。そこで、最も債権者及び従業員に有利な整理方法を模索し、被告債務会社から菓子を仕入れて販売していた被告京都駅店に対し、被告債務会社の財産を譲渡することにすれば、被告京都駅店は菓子の供給が絶たれることなく、その販売を続けられ、かつ、被告債務会社も、その財産を最も有利に売却し、原告に対しても一か月一〇〇万円以上の弁済ができるものと判断し、本件財産譲渡及び本件商標権譲渡を行ったのである。そして、これらの代金額は、減価償却後の帳簿価額で相当な金額以上のものであり、むしろ本件財産譲渡の対象となった本件営業用財産は、もともと一般債権者の共同担保としての資産価値がほとんどなかったのであるから、本件財産譲渡及び本件商標権譲渡の結果、被告債務会社が被告京都駅店に対して債権を取得したことにより、被告債務会社の責任財産が増加したのである。したがって、本件財産譲渡及び本件商標権譲渡は、被告債務会社ひいては原告にとって利益になるということができ、実際に、別紙充当関係<省略>のとおり、被告京都駅店から被告債務会社に対し、右代金が本件有償減資における株式の買入代金一六五〇万円と共に分割して弁済され、被告債務会社から原告への弁済に充てられており(すなわち、平成一一年一月二八日時点で四九〇〇万円が支払われ、原告は四七〇七万九七七九円を弁済に充てており)、責任財産の減少は全くない。したがって、本件財産譲渡及び本件商標権譲渡は詐害行為に当たらないし、仮に詐害行為に当たるとしても、その代金が債権者である原告への弁済という有用の資に充てられているので、詐害行為取消権は発生しない。
(3) 原告が詐害行為取消権を行使することは、信義則に照らして許されない。
原告は、右のとおり本件財産譲渡及び本件商標権譲渡の代金の中から弁済を受けている以上、本件財産譲渡及び本件商標権譲渡を黙示に承認しているということができる。それにもかかわらず、原告が詐害行為取消権を行使し、本件営業用財産のうち本件債権・動産及び本件商標権1及び2の取戻を求めるのは、二重取りを請求するものであり、矛盾する挙動である。また、原告が本件訴訟で主張する貸付金のほとんどは、もともと原告が強く勧めた転売目的での土地購入のための資金であり、その弁済も同土地の転売利益によることを見込んで融資したのであって、原告としては、被告債務会社の営業活動による収益や一般の責任財産から弁済を受けることを予定していなかったのである。したがって、原告が被告債務会社の責任財産の保全を目的とする詐害行為取消権を行使することは信義則に違反する。
(三) 権利の濫用について
原告の被告債務会社及び被告相続財産に対する貸付金全額の請求は、信義則に違反し権利の濫用であって許されないので、原告の請求額は二分の一に制限されるべきであるか。
(被告債務会社及び被告相続財産の主張)
前記1(三)(1)の貸付金七億五〇〇〇万円は、もともと原告が強く勧めた不動産投機のための土地購入資金六億五〇〇〇万円の貸付に端を発したものであり、原告が貸付金全額の請求を求めることは信義則に違反し、権利の濫用に当たるので、原告の請求額は二分の一に制限されるべきである。
原告は、平成二年六月ころ、当時黒字の出ていた被告京都駅店に対し、土地購入資金として六億五〇〇〇万円を貸し付け、これによって被告京都駅店が取得した土地等に極度額六億五〇〇〇万円の根抵当権を設定し、平成三年に被告債務会社が右土地を買い取って右債務を肩代わりすることを承諾し、その後、被告債務会社に対する他の貸付と合わせて右貸付七億五〇〇〇万円に一本化したものであるが、その間の平成四年六月ころ被告債務会社が右土地を処分したときの時価は二億〇五〇〇万円にしかならなかった。しかも、当初の六億五〇〇〇万円の貸付については、原告は、被告債務会社が約一一四坪の土地の一部である約三〇坪のみを社宅用敷地として購入しようと考え、原告にその融資方を相談したところ、残部の土地を含めた全体の土地の購入による不動産投機を強く勧め、転売利益が出ることを強調し、断定的判断を提供したこと、原告は、会員の協同組織による、会員のための融資機関として特別法(信用金庫法)に基づいて設立された信用金庫として、会員である中小企業を積極的に保護すべき義務を負うのに、不動産の転売利益を当然の前提として顧客の返済能力を無視した過剰な貸付を行った上、担保価値を適正に評価せず、右義務に違反したこと、原告は、金融取引について高度な専門知識を持っているので、投機的な取引について十分な知識も経験もない一般人と取引をするときは、事前に投機に伴うリスクについても十分に説明すべき義務があるのに、これに違反したこと、以上の諸点を指摘することができ、これらを総合すると、原告が被告債務会社に貸付金全額の支払を求め、同被告にのみリスクを負担させることは信義則に違反するので、原告の請求は、その請求額の二分の一である一〇〇〇万円に制限されるべきである。
(原告の主張)
原告は、被告京都駅店に対する六億五〇〇〇万円の貸付に当たり、同被告に断定的判断を提供したことはなく、右土地の購入が投機目的であったとは聞いておらず、そのような認識もなかったので、投機に伴うリスクを説明すべき義務を負っていなかったものであり、右貸付自体も、右土地が五億六八七〇万円で国土利用計画法の不勧告通知を受けている上、これと他の不動産に根抵当権を設定しており、適正な融資であって、過剰融資ではないし、担保不足になったのはバブル経済の破綻によるものであり、誰も予測できなかったものであるから、担保価値の評価も誤っていない。
また、本件貸金請求は、総額七億円以上の貸金債権の内二〇〇〇万円の請求であり、原告の請求が二分の一に制限されるとしても、右請求額はその制限内であるから、全額認容されるとするのが合理的であり、これを割合的に減額すべき根拠はないので、右請求額を二分の一に減額すべきであるとする被告債務会社及び被告相続財産の主張は失当である。
三 争点に対する判断
1 法人格否認(争点(一))について
(一) 事実関係
前記争いのない事実等の外、<証拠省略>及び弁論の全趣旨によると、大要、次の事実を認めることができる。
(1) 被告債務会社は、昭和三九年二月二一日「株式会社a」の商号で設立され、平成九年四月二八日に現在の商号に変更された株式会社であり、本店所在地を京都市中京区<省略>とし、その主たる目的は当初から菓子製造及び飲食店業とされ、実際にも、Bの先代が昭和一五年ころ「a1」の名前で始めた和菓子の製造販売業を継承したものであり、取引先金融機関については、平成元年ころより前は京都信用金庫で、その後は原告であったが、後記のとおり、本件財産譲渡の後、営業を廃止した。
(2) 被告債務会社では、設立当初は、Bの実母であるG(平成九年四月二四日死亡。以下「G」という。)が代表取締役に就任したが、昭和四一年一一月以降はBが代表取締役を務めており、取締役には、被告Y3の外、H(b印刷株式会社の代表取締役。以下「H」という。)を始め、Bや被告Y3の親族以外の者が就任していたものの、昭和六〇年一一月三〇日にはBの長男Cが取締役に就任し、平成六年一一月二八日時点では、代表取締役がB、取締役が被告Y3、C及びH、監査役がGであり、平成七年八月二一日、Gが辞任し、Hが取締役を辞任すると同時に監査役に就任した。
(3) 被告債務会社の株式数及び株主は、設立時は、Gの六〇〇株を筆頭として、Bの一〇〇株、被告Y3の一〇〇株を含め、合計二〇〇〇株で株主が八名であったが、その後、G、被告Y3らが株主でなくなるなどの変動があり、昭和五五年九月四日の増資の時点では、仕入先のb印刷株式会社の八〇〇〇株、Bの四〇〇〇株を含め、合計二万八〇〇〇株で株主が一三名となり、平成七年一一月一三日時点では、株主数が一一名であり、Gが三万七〇〇〇株、Bが四七六〇株、被告Y3が一〇〇〇株、Cが四二四〇株、Gの妹の夫であるI(以下「I」という。)が四〇〇〇株を保有しており、以上の五万一〇〇〇株がBの親族の保有する株式であって、その株式数は発行済株式総数七万二〇〇〇株の約七〇・八パーセントを占めており、その後、Gの死亡によりBが四万一六七〇株を保有するようになったが、それ以外に変化はなかった。
(4) 一方、被告京都駅店は、昭和五五年九月八日設立された株式会社であり、本店所在地を平成八年九月五日京都市●●区<以下省略>(Bの住所と同じ)から同市▲▲区<以下省略>に移転し、設立当初の目的は喫茶及び飲食店の経営、菓子の販売等であったが、平成七年九月一〇日に喫茶及び飲食店の経営、菓子の製造及び販売等と変更したものであり、京都駅前地下街のポルタ及び株式会社大丸京都店八階に店舗を持ち、被告債務会社からぜんざい、わらびもち等を仕入れ、その他の材料は自ら作り又は他の取引先から仕入れ、飲食店(甘味喫茶、ラーメン等)を経営しており、取引先金融機関は京都信用金庫であった。
(5) 被告京都駅店の役員については、設立当初、Bが代表取締役、被告Y3及びHが取締役となった外、筆頭株主である会社の代表者やその他の株主が取締役又は監査役に就任したが、平成五年一一月二七日時点では、代表取締役がB、取締役が被告Y3、C及びH、監査役がGであり、平成七年八月二一日、B及びGが辞任し、代表取締役に被告Y3、監査役にIがそれぞれ就任し、更に平成八年一月四日取締役に被告Y3の母J(以下「J」という。)とBの二女Eが就任しており、設立時から現在まで親族以外の取締役としてHが就任している。
(6) 更に、被告京都駅店では、設立当初の株主は一四名であり、被告債務会社が二万九〇〇〇株、Bが六〇〇〇株、Gが二〇〇〇株、被告Y3が一〇〇〇株を保有し、以上の三万八〇〇〇株がBの親族等の株式で、発行済株式総数一〇万八〇〇〇株の約三五・二パーセントを占め、その後、減資と増資を経て発行済株式総数が一二万八〇〇〇株となったが、平成七年一〇月二四日、被告債務会社が保有する三万三〇〇〇株を買入消却し、平成九年五月一六日時点では、発行済株式総数九万五〇〇〇株のうち、被告Y3が一万七八二一株、Cが二八四九株、Bの長女Dが四九一〇株、Eが五五一〇株、Jが六九一〇株、Iが一〇〇〇株を保有し、以上の三万九〇〇〇株、発行済株式総数の約四一・一パーセントがB及び被告Y3の親族の株式であった。
(7) 被告京都駅店は、パンフレットでは、被告債務会社と明確に区別されておらず、京都の老舗「a1」が京菓子の製造と販売をしており、被告京都駅店が被告債務会社の販売部門であるかのように記載されていたが、被告債務会社とは資産、業務内容、経理等を区別しており、それぞれ別個に決算報告書を作成し、従業員についても、被告京都駅店が四名、被告債務会社が二三名であり、その採用は別々に行っており、経理担当者だけは被告債務会社と同一人を雇っていたが、その給料はそれぞれの会社が負担し、他のアルバイトや時間給のパートも各会社が別々に採用していた。
(8) 被告債務会社は、多額の借入金を抱え、これを少しでも減らすため、平成五年六月三〇日、その所有する京都市○○区c町の土地及び建物(以下「c町の土地建物」という。)を約二億二三八八万円で売却したが、あまり効果がなく、第三一期(平成六年九月三〇日)決算では累積赤字が四億四六七六万円強となり、厳しい経営状況にあったため、税理士と再建案を相談し、製造工程の合理化、商品構成や売値の再検討、人件費その他の費用の節減、借入金返済条件の変更等により、資金繰りを安定させようと考え、平成七年四月ころ被告京都駅店との合併を前提とする「経営再建第一次計画案」、同年六月ころ「業績の概略と目標」をそれぞれ原告に提出して協力を求めたが、同年七月三一日を最後に原告からの融資を打ち切られ、同年八月以降は原告に利息しか支払えず、平成八年六月以降は利息も支払えない見込となった。
(9)このような状況の中で、被告債務会社と被告京都駅店は、被告債務会社から被告京都駅店に財産を譲渡した上、被告債務会社が保有している被告京都駅店の株式の買入消却を行うことにより、被告債務会社としては財産を最も有利に売却し、原告に対して借入金を返済することができ、被告京都駅店としても自ら菓子の製造をしながら飲食店の経営を続けることができると判断し、平成七年七月から同年九月にかけて本件財産譲渡及び本件商標権譲渡を行うと共に、同年一〇月には右株式の買入消却を行ったが、本件財産譲渡及び本件商標権譲渡の際には、弁理士作成の平成八年一月一五日付評価鑑定書に基づいて本件商標権1の代金を決め、本件営業用財産の代金についても、償却資産は減価償却後の現存価額とし、出資金等は実際の価格に従って定めた。
(10) また、被告債務会社は、本店所在地の土地はGの所有であり、Gが平成元年七月八日右土地上に鉄骨造陸屋根四階建の建物(店舗・事務所・作業所)を新築したので、右同日、右建物を和菓子の製造販売、飲食店及び事務所の用に供する目的をもって、賃料を月額一〇三万円とし、敷金を定めないで賃借したが、平成七年九月一八日、Gとの間で同年一〇月分以降の賃料を月額八〇万円に変更し、その一方で、同月一六日、右建物を被告京都駅店に転貸することにつき、Gの承諾を得た上、同年一〇月一日、被告京都駅店との間で、右建物を店舗・事務所・作業場として、その内部の設備・器具備品一式と合わせ、賃料月額九〇万円で敷金の定めなく転貸する旨の契約を締結した(以下、右土地及び建物を「G所有の土地建物」という。)。
(11) また、被告債務会社は、本件財産譲渡の際、アルバイトを除き従業員二三名を雇用していたが、本件財産譲渡に伴って営業を廃止したため、会社の都合により、右従業員を全員解雇し、退職金をすべて支払ったが、その一方、被告京都駅店は、右従業員のうち希望者を採用することとしたところ、二二名から応募があり、いずれも菓子の製造や販売に精通していたので、応募者全員を新規に採用し、本件営業用財産及び本件商標権1及び2を使用して菓子の製造を始めた外、右(10)のとおり被告債務会社からG所有の建物を転借し、これを自らの営業のため使用している。
(12) 被告債務会社は、平成八年五月以降、被告京都駅店から毎月少なくとも一〇〇万円(但し、同年一〇月分のみ一五〇〇万円)の支払を受け、これによって原告に対する借入金の返済ができるようになり、実際に、別紙充当関係<省略>のとおり、平成一一年一月二八日までに四九〇〇万円の支払を受け、そのうち四七〇七万九七七九円が原告に対する借入金の返済に充てられたが、本件財産譲渡の後は、営業を廃止したため、被告京都駅店に対する本件財産譲渡の残代金債権とG所有の建物の賃料債権、被告Y3に対する本件商標権譲渡の残代金債権を有するだけの存在となり、代表取締役のBが死亡した後、新たな代表取締役を選任していない。
(二) 判断
前記二1(八)(1)及び(2)のとおり、本件財産譲渡が行われたのは平成七年八月一五日及び同年九月八日であるから、そのころの状況を右(一)で認定した事実に基づいて整理し、被告債務会社と被告京都駅店を対比すると、概ね、次の諸点を指摘することができる。すなわち、会社の商号は、被告債務会社が「株式会社a」で、被告京都駅店が「株式会社Y2京都駅前店」であったこと、本店所在地は異なるが、被告債務会社の本店所在地にはG所有の土地建物が存在し、被告京都駅店が右建物を転借して使用している外、被告京都駅店の平成八年九月五日までの本店所在地はBの住所と同じであったこと、代表取締役は、被告債務会社では当初はG(Bの母)、昭和四一年一一月以降はBであり、被告京都駅店では当初はB、平成七年八月二一日以降は被告Y3(Bの妻)であったこと、他の役員に関しては、被告債務会社では、取締役がB、被告Y3、C(Bの長男)及びH、監査役がGであったが、右同日、Gが辞任すると共に、Hが取締役を辞任して監査役に就任したこと、また、被告京都駅店では、取締役がB、被告Y3、C及びH、監査役がGであったが、右同日、BとGが辞任し、I(Gの妹の夫)が監査役に辞任したこと、また、被告債務会社の同年一一月一三日時点における株主構成は、G、B、被告Y3外二名のBの親族が発行済株式総数の約七〇・八パーセントを占めていたこと、被告京都駅店では、同年一〇月二四日の本件有償減資の後は、B及び被告Y3の親族が発行済株式総数の約四一・一パーセントを保有していたと考えられ、右同日時点で被告債務会社が保有していた株式数を右親族が保有する株式数に加えると、発行済株式総数の約五六・三パーセントとなること、営業目的は、被告債務会社が設立当初から菓子製造及び飲食業等であったのに対し、被告京都駅店では、設立当初は喫茶及び飲食店の経営、菓子の販売等であったが、同年九月一〇日に喫茶及び飲食店の経営、菓子の製造及び販売等と変更され、菓子の製造が付加されたこと、また、被告債務会社は、Bの先代が「a1」の名前で始めた和菓子の製造販売業を継承し、被告京都駅店にぜんざい等を販売していたが、本件財産譲渡の後は、営業を廃止し、清算手続をせず、被告京都駅店及び被告Y3に対して本件財産譲渡等の残代金債権等を有するだけの存在となったこと、被告京都駅店は、本件財産譲渡の後、本件営業用財産、本件商標権1及び2並びにG所有の建物(その内部の設備・器具備品一式を含む。)を使用している上、被告債務会社に勤めていた従業員二三名のうち二二名を採用し、従前のとおり飲食店の経営を続けながら、新たに菓子の製造を始めたこと、以上の諸点を指摘することができる。
そこで、右の諸点をもとに判断すると、被告債務会社と被告京都駅店は、本件財産譲渡が行われた平成七年八、九月ころには、商号が類似し、本店所在地も関連し、代表取締役、取締役及び監査役が同一であり、更に、株主構成及び株式数をみると、いずれもBを中心とする同族会社であり、被告京都駅店が被告債務会社の傘下にあり、Bが被告債務会社及び被告京都駅店の背後にあって、実際にこれらの会社を運営していたということができ、しかも、本権財産譲渡の後は、被告京都駅店が被告債務会社の人的及び物的設備を承継し、被告債務会社と同一の営業活動を行っている反面、被告債務会社は清算手続をしないまま営業を廃止したものであり、本件財産譲渡の前後で、本件有償減資において株式が消却された外は株主構成に変化がみられず、被告京都駅店の代表取締役がBから被告Y3に交替したが、被告Y3はBの妻であるから、結局、被告債務会社と被告京都駅店の間には、実質的な同一性がある(但し、法人格が全くの形骸に過ぎないわけではない)ということができる。これに加え、被告債務会社は、原告に対して多額の借入金債務を負担し、その毎月の返済額が四五〇万円に上っていたが、本件財産譲渡の後は、主として被告京都駅店から支払われる本件財産譲渡の代金を右返済に充てていること、被告債務会社は、少なくとも平成七年六月までは、厳しい経営状況にあったが、倒産し又は倒産が避けられない状況であったとは認め難く、仕入先等の理解と協力を得ながら、経営改善の努力を重ねることにより、困難とはいえ、経営再建の余地があったこと、ところが、被告債務会社は、原告の支援、協力が得られず、むしろ原告から融資を打ち切られたため、資金繰りを安定させることができず、経営再建を断念せざるを得なくなったと推認できることなどをも考慮すると、Bは、被告債務会社について清算手続をせず、被告京都駅店に本件財産譲渡をすることにより、本件営業用財産及び本件商標権1に対する原告からの責任追及を免れた上、被告京都駅店に被告債務会社の営業を承継させる反面、被告債務会社の営業を廃止し、原告に対する返済が主として被告債務会社に支払われる本件財産譲渡の代金の範囲内に限定される状況を作り出したものといわざるを得ない。
以上のとおりであり、本件財産譲渡は、原告からの請求や強制執行を免れるため、被告債務会社とは別人格の被告京都駅店を利用したものであり、会社制度の濫用の場合に当たるから、被告京都駅店は、信義則上、原告に対し、本件財産譲渡に関する限りにおいて、被告債務会社と別人格であることを主張できず、その結果、被告債務会社と同一の責任を負担しなければならない。すなわち、原告は、本件財産譲渡がなければ、本件営業用財産及び本件商標権1に対して責任を追及できたのであるが、これらの代価は前記二1(八)(1)及び(2)のとおり合計六八五〇万三九一六円であり、そのうち四九〇〇万円が被告京都駅店から原告本店営業部の被告債務会社名義の預金口座に振り込まれたので、原告が本件財産譲渡により責任を追及できなくなった金額は、右代価から既払額を控除した残額一九五〇万三九一六円であるから、結局、被告京都駅店は、公平の観念に照らし、右残額の限度で、被告債務会社と別人格であることを主張できず、被告債務会社の原告に対する債務につき、被告債務会社と並んで責任を負わなければならない(なお、法人格否認の法理は、法人格の形式的独立性を貫くことが公平に反する場合に、法人格の独立性を否定して公平な処理を図るものであるが、被告京都駅店は、新たに設立された会社でも実体のない休眠会社でもなく、本件財産譲渡の前から被告債務会社とは別に営業活動を行っており、別個独立の財産を有しているので、被告債務会社の原告に対する債務の全額について被告債務会社と同一の責任を負うことになると、原告が本件財産譲渡に係る本件営業用財産及び本件商標権1の範囲を超え、被告京都駅店が従前から所有する財産にも責任を追及できることになり、原告に過大な利益を与えることになって公平に反するので、被告京都駅店の責任は右残額の限度に制限されるというべきである。)。
これに対し、被告京都駅店は、原告が平成二年六月ころ被告京都駅店と被告債務会社が別個の法人であることを前提としていたことを理由に、原告が被告京都駅店の法人格を否認することは信義則に照らして許されない旨主張しているが、法人格否認の法理は、会社の法人としての存在を全面的に否定するものではなく、その法人としての存在を認めながら、特定の事案のみについて法人格がないのと同様の取扱いをするものであるから、被告京都駅店の右主張を採用することはできない。
(三) 小括
以上のとおり、法人格否認の法理により、被告京都駅店は、原告に対し、本件財産譲渡に関する限りにおいて、被告債務会社と別人格であることを主張できない結果、被告債務会社の原告に対する債務につき、一九五〇万三九一六円の限度で、被告債務会社と並んで責任を負担しなければならない。
2 詐害行為取消権(争点(二))について
(一) 前提問題
一般に、他に資力のない債務者が自己の有する重要な財産を売却する行為は、原則として民法四二四条の詐害行為に当たると解すべきであるが、例外として、債務者の行為につき、その目的・動機が正当であり、これを達成するための手段・方法として相当であると認められる場合、すなわち、右のような債務者が、生活や子女の教育に必要な費用を調達すること、有用な物品の購入の資金とすること、債権者への弁済に充てることなどを目的・動機として、自己の有する重要な財産を相当な代価で債権者以外の者に売却し、その代金を実際に右のとおり生活費や教育費等に充てた場合には、詐害行為にならないというべきであり、右のような例外に当たることについては、詐害行為取消請求の相手方が主張し立証しなければならない。
なお、これに反する被告京都駅店及び被告Y3の主張は採用できないというべきである。
(二) 詐害行為の成否
右(一)を前提として本件について検討するに、まず、被告債務会社及びBは、前記二1(一〇)のとおり、他に資産を有しないにもかかわらず、本件財産譲渡や本件商標権譲渡を行ったのであるから、これらの行為は原則として詐害行為に該当するというべきである。
次に、本件財産譲渡及び本件商標権譲渡の目的・動機の正当性について考えると、右1(二)で判断したとおり、Bは、被告債務会社について清算手続をせず、被告京都駅店に本件財産譲渡をすることにより、本件営業用財産及び本件商標権1に対する原告からの責任追及を免れた上、被告京都駅店に被告債務会社の営業を承継させる反面、被告債務会社の営業を廃止し、原告に対する返済が主として被告債務会社に支払われる本件財産譲渡の代金の範囲内に限定される状況を作り出したのであるから、本件財産譲渡の目的が正当であったということはできない。また、被告債務会社及びBの被告Y3に対する本件商標権譲渡についても、その譲渡に係る本件商標権2はいずれも被告債務会社の営業に使用されていたものと考えられる上、被告Y3が本件商標権譲渡の後間もなくBに代わって被告京都駅店の代表取締役に就任したことをも考慮すると、右同様に、本件商標権譲渡は、本件商標権2に対する原告からの責任追及を免れると共に、被告京都駅店に被告債務会社の営業を承継させるために行われたものというべきであり、その目的が正当であったということはできない。
以上のとおりであるから、本件財産譲渡及び本件商標権譲渡は詐害行為に該当するのであって、これを否定すべき事情はなく、しかも、被告債務会社及びBはもちろん、被告京都駅店及び被告Y3も、本件財産譲渡及び本件商標権譲渡が詐害行為に当たることを認識していたということができる。
これに対し、被告京都駅店及び被告Y3は、被告債務会社が相当な代価で本件財産譲渡及び本件商標権譲渡を行い、その代金を原告に対する債務の弁済に充てているので、責任財産の減少はなく、詐害行為には当たらず、その認識もなかった旨主張しているので、これについて付言するに、そもそも右のとおり本件財産譲渡及び本件商標権譲渡の目的が正当であったとはいえない上、前記争いのない事実等と右1(一)で認定した事実の外、証拠(乙九九、一〇〇)及び弁論の全趣旨を総合すると、被告債務会社は、被告京都駅店との間で、本件財産譲渡の代金の支払につき、本件有償減資における株式の買入代金と合わせて、平成八年五月以降、毎月少なくとも一〇〇万円(但し、同年一〇月分のみ一五〇〇万円)の分割払の約定をしたこと、被告債務会社は、平成一一年一月二八日までに被告京都駅店から四九〇〇万円の支払を受け、そのうち四七〇七万九七七九円を原告に対する返済に充てたとはいえ、未払残代金もかなり残っていること、被告Y3は、本件商標権譲渡を受けたが、平成一〇年一月二八日、Bに対し本件商標権2(1)の代金七八万二八〇〇円を、被告債務会社に対し同(6)の代金二四万七二〇〇円をそれぞれ支払ったが、その余の代金を支払った形跡はないことなどを指摘することができ、以上の諸点にかんがみると、被告京都駅店及び被告Y3の右主張は採用できないというべきである。
(三) 信義則違反
次に、被告京都駅店及び被告Y3は、原告が詐害行為取消権を行使することは、信義則に照らして許されないと主張しているので、これについて検討することとする。
<証拠省略>及び弁論の全趣旨によると、原告は、平成九年八月一四日本件訴えを提起したが、これに先立つ平成九年三月四日、被告債務会社から「お願い」と題する書面を受け取ったこと、被告債務会社は、右書面により、原告に対し、被告京都駅店から本件財産譲渡の代金を原告本店営業部の被告債務会社名義の預金口座に振り込む方法で分割払を受け、そのうち平成八年一一月一二日までの振込分二三〇〇万円と預金利息三〇七円につき、原告が被告債務会社に相殺通知を出した上、被告債務会社の債務の元本に充当しているが、今後も、原告において、被告債務会社の元本債務に引き続き弁済充当してもらいたい旨の通知をしたこと、その後、原告は、本件訴えを提起するまでの間に、別紙充当関係<省略>のとおり、右預金口座の残高が平成九年四月八日時点で五〇〇万一二四一円、同年七月二三日時点で三〇〇万二〇〇〇円であったので、これらを被告債務会社に対する債権と対当額で相殺したこと、また、原告は、本件訴えを提起した後、被告債務会社に対して平成一〇年一一月三〇日付相殺通知書を発送し、別紙充当関係<省略>のとおり、前記二1(五)の手形貸付の残元本を自働債権とし、右預金口座の残高八〇〇万一一二二円を受働債権として、これらを対当額で相殺した旨の通知をしたことなどが認められるので、これらの事実をもとに判断すると、原告は、被告京都駅店から直接支払を受けたわけではないが、本件財産譲渡が行われ、その代金が右預金口座に振り込まれていることを知りながら、右預金口座の残高から被告債務会社に対する債権を回収してきたのであるから、これと併せて詐害行為取消権の第三者に及ぼす影響の大きさをも考慮すると、原告が本件訴えにおいて本件財産譲渡の効力を否認することは、信義則に照らして許されないというべきである。そうすると、本件商標権譲渡についても、本件財産譲渡に付随して行われたものであるから、原告がその効力を否認することは、右同様に許されないといわなければならない。
(四) 小括
以上のとおりであるから、原告は、本件訴えにおいて、被告京都駅店及び被告Y3に対して詐害行為取消権を行使し、被告債務会社又はBが行った本件財産譲渡及び本件商標権譲渡の効力を否認することは、信義則に照らして許されないので、被告京都駅店から本件営業用財産のうち本件債権・動産及び本件商標権1を、被告Y3から本件商標権2をそれぞれ取り戻すことはできない。
3 権利の濫用(争点(三))について
(一) 事実関係
<証拠省略>及び弁論の全趣旨によると、大要、次の事実を認めることができる。
(1) 被告債務会社は、平成二年ころ、社宅の建設用地として、京都市●●区<以下省略>所在の田(同年七月一七日雑種地に地目変更)三七六平方メートル(約一一四坪。以下「本件購入地」という。)の一部約三〇坪を購入しようと計画し、原告に相談すると、原告担当者が被告債務会社及び被告京都駅店の各代表者であったBに対し、本件購入地につき、近くに地下鉄の駅ができるので、地価が高騰し、購入価格以上の転売利益が得られる旨の説明をした上、全額を融資するので本件購入地の一部ではなく全部を購入するように勧めたため、これに従って本件購入地の全部を購入することとした。
(2) 原告は、右融資を実行するに当たり、融資の相手方を被告債務会社ではなく黒字の出ている被告京都駅店とすることとし、本件購入地の購入代金を上回る六億五〇〇〇万円を融資すると勧め、被告京都駅店に右金額を融資したが、その際、平成二年三月三〇日付で被告債務会社所有のc町の土地建物に、同年六月八日付で本件購入地に、それぞれ極度額六億五〇〇〇万円の根抵当権を設定する旨の登記を経由し、更に、平成四年七月一七日、後記(4)のとおり本件購入地が売却された際、その上の右根抵当権を放棄したが、これに先立ち、同月三日付で、G所有の土地建物と、Bが被告京都駅店の当時の本店所在地に所有していた土地及び建物に、いずれも極度額六億五〇〇〇万円の根抵当権を設定する旨の登記を経由するなどした。
(3) 被告京都駅店は、原告から勧められて六億五〇〇〇万円の融資を受けた外、平成二年三月二日、本件購入地につき、売買予定価格を五億六八七〇万円として国土利用計画法二三条一項の規定に基づく届出をし、同月二二日には不勧告通知を受け、同月二九日、右予定価格で本件購入地を買い受け、同年六月八日付で所有権移転登記を経由したが、本件購入地はもともと被告債務会社の社宅の建設用地として購入しようとしたものであったため、原告とも相談した上、平成三年三月三〇日、被告債務会社に対して代金五億七三八五万円で右土地を売却し、右同様の届出をして不勧告通知を受け、同年八月一日付で所有権移転登記を経由し、右借入金の債務者も被告債務会社に変更した。
(4) その後、被告債務会社は、不動産の価値が大きく下落したため、右借入金の返済に因り、原告から紹介された不動産業者を通じ、平成四年六月二二日、代金二億〇五〇〇万円で本件購入地を売却し、同年七月一七日付で所有権移転登記を経由したことにより、大きな損失を被った上、右借入金の金利負担のため新たに原告から借入をせざるを得なかったこともあり、平成五年八月二日、それまでの原告からの借入金をまとめて七億五〇〇〇万円の金銭消費貸借(前記二1(三)(1)の証書貸付)に一本化した。
(二) 判断
被告債務会社及び被告相続財産は、原告が不動産の購入資金として右認定のとおり六億五〇〇〇万円の貸付をした行為につき、断定的判断の提供、保護義務違反(担保適正評価義務違反)、説明義務違反の三点を指摘し、原告の貸付金返還請求が信義則に違反し権利の濫用に当たることを根拠として、原告の請求額は二分の一に制限されるべきであると主張しているので、これについて検討することとする。
そもそも当事者が契約に拘束される根拠は、自由な意思によって契約を締結したことにあり、その意思決定に必要な情報は原則として自らの責任で取得しなければならないが、当事者間の専門的知識や情報収集能力に大きな格差があり、又は情報自体が偏在しているなど、当事者の責に帰することのできない事情により、合理的な判断に基づく意思決定が妨げられる場合には、信義則上、当事者間に実質的に公平な関係を確保するため、当事者の一方が他方に対し、適切な情報を提供し説明する義務を負い、この義務に違反したときは、契約の拘束力の制限や損害賠償責任が問題となると解するのが相当である。そして、金融機関が顧客に融資を実行する場合をみると、融資の条件その他の取引内容の外、融資の必要性や合理性、すなわち、借主が融資を受ける必要があるかどうか、その融資が借主にとって経済的利益の期待できる合理的なものであるかどうかは、通常、借主がその知識、能力の範囲内で判断することが可能であり、また借主自らが判断すべき事柄でもあるから、金融機関が顧客に対する情報提供や説明の義務を怠ったというためには、融資に至る過程において、金融機関が顧客に融資の条件や合理性を判断する知識や能力がないことを知りながら、適切な助言をせず、又は、顧客の知識や能力に問題はなくても、積極的に顧客の判断を誤らせるような言動をすることにより、顧客の自由な意思決定を妨げ、融資を拒絶することを著しく困難にしたなどの事情が認められる場合でなければならない。
そこで、以上の一般論を踏まえて、被告債務会社及び被告相続財産が指摘する右の三点について順次検討すると、その結果は次のとおりである。
(1) 原告担当者は、右(一)で認定したとおり、被告債務会社及び被告京都駅店の各代表者であったBに対し、本件購入地につき、近くに地下鉄の駅ができるので、地価が高騰し、購入価格以上の転売利益が得られる旨の説明をしたのであるが、原告は信用金庫であるから、不動産取引は原告の本来の業務ではないし、不動産の価格は原告が支配できる範囲に属する知識・情報であるとはいえないので、原告が顧客に対し、将来の不動産価格の変動について適切な情報を提供し説明する義務を負うということはできない。また、原告担当者は、不動産の価格について説明する義務がないのに右のとおり説明をしたのであるが、その説明の態様がBの自由な意思決定を侵害するようなものであったと認めるべき証拠はなく、本件購入地の全部を買い受けることや原告から右貸付を受けることは、いずれもBが自らの判断で決定したものということができ、たとえ原告担当者からの積極的な働き掛けがあったとしても、Bの自己決定権を侵害したとまでいうことはできない。
したがって、将来の不動産価格の変動に関し、原告がBに対する適切な情報の提供や説明を怠ったということはできない。
(2) 金融機関が融資を実行する際には、顧客の財務状況や収益力等を調査し、担保に供される不動産の価値を適正に評価して、顧客の返済能力を大幅に超過した過剰な貸付を避け、融資額の回収に支障を来さないようにすることが要求されるのであり、担保価値の適正な評価は、基本的には金融機関が自己のために行うものであって、融資の相手方のためにするものではないといわなければならないが、ただ、金融機関が故意又は重過失によって適正な担保価値と大きく隔たった評価をした場合や、担保価値の評価は適正であったが、顧客に担保価値について意図的に誤った情報を提供し、又は、顧客が不当に過大な評価をしているのを知りながら適切な助言をしなかった場合などには、金融機関の説明義務違反が問題となることがあるかも知れない。
しかしながら、右(一)で認定した事実に加え、いわゆるバブル経済の崩壊は通常予測し得ないものであったことをも考慮すると、原告が右貸付に当たり、本件購入地等の評価につき、故意又は重過失によって適正な担保価値と大きく隔たった評価をしたということはできず、また、原告がBに対し、本件購入地等の担保価値について意図的に誤った情報を提供したともいえないし、更に、原告において、Bが不当に過大な評価をしているのに乗じて適切な助言をしなかったということもできない。
したがって、原告による担保価値の評価につき、説明義務違反が問題になるということはできない。
(3) 被告債務会社及び被告相続財産は、本件購入地の売買が投機的な取引であったことを前提として、原告が投機に伴うリスクについて十分な説明をしなかった旨主張しているが、右(一)で認定した事実にかんがみると、本件購入地の売買が投機的な取引であったとはいえないので、右主張は失当というべきである。
また、Bは、右貸付を受けるに当たり、信用金庫取引について特に詳しい知識を持ち合わせていなかったとしても、融資の条件その他の取引内容や融資を受ける必要性及び合理性を判断するために必要な知識は有していたものと考えられ、これを否定すべき事情は見出せない上、右貸付の過程において、原告担当者が積極的にBの判断を誤らせるような言動をしたと認めるべき証拠もない。
したがって、原告がBに対する説明義務を怠ったということはできない。
(三) 小括
以上のとおりであるから、被告債務会社及び被告相続財産の権利の濫用の主張は採用できないというべきである。
4 結論
(一) 原告の被告債務会社及び被告相続財産に対する各請求
前記二1(二)ないし(七)の各事実は、同(三)(2)の約定を除き、いずれも当事者間に争いがなく、しかも、右3のとおり、被告債務会社及び被告相続財産の権利の濫用の主張は採用できないので、原告の被告債務会社及び被告相続財産に対する各請求はいずれも理由があるというべきである。
(二) 原告の被告京都駅店及び被告Y3に対する各請求
原告の被告京都駅店に対する請求のうち、法人格否認の法理に基づいて金員の支払を求める部分は、右1で判断したとおり、被告債務会社の原告に対する債務のうち一九五〇万三九一六円の限度で、被告京都駅店が被告債務会社と並んで履行する責任を負担しなければならない(不真正連帯債務となる)ので、右金額の限度で理由があるということができる。
これに対し、原告の被告京都駅店及び被告Y3に対する詐害行為取消権に基づく各請求は、右2で判断したとおり、いずれも理由がないといわざるを得ない。
(裁判官 河田充規)
<以下省略>